2015年12月10日

『愛』のない食べ物ばかり食べてると気が枯れることに気づいた。



食べ物について。


無農薬であるとか、添加物ができるだけ少なく安全、
栄養のあるもの、など、食べ物の機能にばかり目が行っていたけど、
実はそうじゃない、と最近感じています。


(以下下記ブログ記事より引用)
http://ameblo.jp/lftj/entry-12095281283.html


【『愛』のない食べ物ばかり食べてると
 気が枯れることに気づいた。】

日本に住んでる時は、
コンビニ弁当もお菓子も外食も多くて、
気づかなかったけど。

カナダは税金が14%、
外食するなら サービス料が15%加算で
外食する時は基本的に30%増しのうえ、
レストランの食事だけじゃなくて
スナック菓子とかスーパーのお惣菜とかも
私の口にあまり合わない
(まずいとは言わないが・・・
 私にはまずくても、違う人には美味しいとか
 あるもんね。
 味覚に絶対の物差しなし。)
ものが多いので、 結果、外食が減り、
スナック菓子を食べることも減り、
おうちで食べることが多くなった。

そうして半年間暮らした結果、
日本に帰ってきたら、
対面のリーディングの精度がめちゃ上がり、
エネルギーを感じ取る感度が上がり、
スピリチュアル的なアンテナが
より磨かれてることに気づいた。

そして、不思議なことに、
「愛」のエネルギーが込められてない食物を食べると
パワーが全然増さないことにも、
気がついた。

食べても力が出ない。
もっというと、力がそがれる。

そっか、食べ物って、
「気」を食べるっていう側面も あったんだなぁ。
栄養とか味だけじゃなくて。

コンビニ弁当とか 外食が続くと
元気がなくなるのは 添加物のせいかと思ってたけど、
それに込められた「愛」が
足りなかったから だったんだな。

三食しっかり愛情のこもった
手料理を食べてる人が元気なのは
添加物がないからじゃなくて
ちゃんと「気」を補給してたからなんだね。

すごーく納得したー。
もう愛のないものは食べられない体になったんだなぁ。
いや、食べられるけど、
愛のあるものを食べないと
元気にならない (元の気にならない)ことに気づいた。

穢れ(気涸れ)ってそんなことからも 起こるんだなぁ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(ここまで)


例えば、


農薬たっぷりの野菜と、無農薬の野菜ではどちらの方が愛がある?


同じく添加物たっぷりの加工商品と、
できるだけ添加物を入れないように作った加工食品
どちらに愛があるだろう?


生産効率だけを考えて育てられた肉と、
食べる人の事を考えて育てられた肉
どちらがおいしい?


国産の野菜は、たとえ農薬たっぷりであっても、
外国産のものより愛がこもっていると思う。


美味しく食べてもらいたい、って思って作っている農家さんは
日本くらいなのだそう。


だから日本の食べ物はおいしいの。
たとえ添加物たっぷりでも、たぶん外国のものよりおいしいの。


工場で作られたとしても愛がこもっているんだと思う。
日本ってそういう国なんですよ。


でも、買ったものより誰かが自分のために作ってくれた食事の方が
愛がこもっているのね。


栄養が・・・とか、出来合いだし・・・と思わず、
たとえ買った食べ物であっても愛を込めて欲しい。


自分で「おいしくなぁれ」とか「みんな元気になぁれ」とか、
「身体に悪い成分は浄化〜」とか、思うだけでもいいの。


逆に家族に作って食べさせないと・・・って重荷になってしまうと
それが伝わって食べる家族も疲れてしまうよ〜。


ちょっとスピリチュアルだけど、
こういう事って結構大事だと感じています。


できれば記事全文読んでみてね。
http://ameblo.jp/lftj/entry-12095281283.html



posted by こあら at 21:13 | Comment(0) | 食品の安全・添加物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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